続・音楽によるROCKによる生活

音楽(ROCK)中心のブログです

RUDE BOY ②

    ーーー続きです。

    この映画はフランスでヒットしたらしい。
   確かに字幕があるとクラッシュの歌詞の意味がよくわかります。
   場面展開していきなり街の暴動や黒人の窃盗のシーンが出てきても、字幕がなければ
   その歌詞とリンクしてるなんてわからないですものね。
   ドキュメントならば、その時代背景なんぞも説明があれば(NHK的になりますが)
   もっと理解しやすかったかな?と。観るのはイギリス人だけじゃないのですから。

   また、クラッシュのメンバーはこの映画の撮影を「渋々許可した」感じで、よって
   撮影隊は「邪魔にならないように撮らせてもらってる」ようでした。
   ジョーは、監督によると「意外に協力的だった」とか。
   ただやはりギャラが安かったり、政治的に左寄りでテロ集団のようなバンドの扱いには
   (実際その通りなんだけど)バンドのメンバーは面白くなかったかな。
   でもいわゆるなアイドルバンド・ムービーはクラッシュではあり得なかったし、
   混沌としたした時代の、混沌としたパンクのドキュメント映画は彼ららしいのかも・・・。

   ただ、主人公のレイ(俳優はど素人のただのクラッシュのファン)がこの映画の大きな
   いい意味での誤算というか、バンドと映画の距離を上手くつなげる存在になってる。
   反・ナチの集会のライブ中のレイのステージのアジは、映画のやらせではなくて
   なんだか勝手にやったみたいだし、実際いつもアルコール度の強いビールばっかり
   飲んでいたみたいです。そして実際ジョーと知り合いだったらしい。

   レイ本人は(役者の名前と本名が同じ)、役柄として政治的に保守派を擁護するパンクス
   だったのが気に食わなかったようです。
   このエピシードだけでも、当時のバンドが政治やカルチャーと密接だったのがわかります。
   当時のクラッシュは警察に目を付けられていて、ライブで客同士が揉めたり会場側との
   トラブルがあっちゃあ、捕まっていたらしい。
   確かにメンバーの、特にジョーの話しを聞くと、反・体制側の集団という自覚があり、
   「なんかやらかしてやる」的な静かな怒りみたいなのが伝わってくる。

   最後の方のシーンで、レイがジョーに話します。
   「なんで音楽に政治を持ち込むんだ。悲しい気持ちになる。」
   ジョーは少し寂しそうに笑って、ピアノでスタンダードな曲を歌い、レイをまたバンドの
   ローディに戻るようたくします。
   このシーンばかりは映画側から頼まれて作った場面のようですが、ピアノ弾くジョーの
   貴重な姿が見ることができます。
   そしてこのシーンは、バンドと映画にとっても、そしてレイ本人にとっても、
   重要な意味を持つものだったではないかと思いました。